■時の話題/特集-月刊ウッドミック300号発行に寄せて
「路に迷っても」 (株)名南製作所会長 長谷川 克次
 月刊ウッドミック誌が300号を迎えたそうだ。そういえば、今から25年前に御社の高島さんから「雑誌を創り たい」と相談されたので、そう…、なら「創ったら」と奨めた。ウッドミック誌は確かそこから始まったと記 憶している。
 そう言うこの私が、ウッドミック創業の頃に一体どういう考えであったのか、と名南30年史を紐解いてみた。 すると、その巻頭言には「路に迷っても」のタイトルで、こう記してあった。
 『路に迷ったとき、途方に暮れ、ほんとうに困った体験は、大方の人がもっていると思う。たしかあっちの方 角だった、案内図をもってくればよかった、どうもあの人の教えてくれたのは間違っていたのではないか、3つ目 の交差点を左に曲り、2つ目の角にパチンコ屋がある、そこを、右に30メートルも行くと煙突が見えてくる、と。 しかし聞いた話とは違い、それらしきものが見当らない、どうも様子がおかしい、えいっ! ままよ、とそこらじ ゅう歩き回り、くたびれ果てた頃、もと来た路に出てしまった。
 人がこの世に生まれ、成育し、教育を受け、苦痛の中にも希望に胸ふくらませ、不安と期待の中で長い旅路に 明け暮れするとき、このように卑近な例えではあるが、路に迷った悩みに類比していているのではなかろうか。
 目的地へ、どうしても行きたいとか、又、どうしてもゆかねばならぬ必要にせまられた場合には、思いなおし、 道順を改め再度確認をとりながら、 可能な限りもと来た路から出なおすものだ。幾たびとなく挑戦するときもある。諦めてしまうときもある。やっ とのことで目標地へついてみたら何もなかった、というショッキングな場面も多い。泣き出したくなるような無 念さは容易には忘れられるものではない。
 人は動いているから動物の一種である。地球は回り、時は流れ、日があり月があり年がある。世界は50億の人 間が何らかの目的で、巨大な渦をなして動いている。そこには政治あり、経済あり、外交あり、文化あり、文明 あり、戦いがあり、平和があり、ドラマがある。
 混濁としたそこには己れ一人にとって、あまりにも無限の迷路と障壁にはばまれ、果てしなき荒野が広がる。 挫折感で身動き一つしたくなくなる。
少なくともそう思えることに出くわす。そう思うのは自分自身の心の中である。
 人の心には、みにくさがあり、美しさがある。そして"誤解"がある。錯覚ともいえるだろう。「誤解」には善 意に汲みとれるものと、悪意に汲みとれるものとが生ずる。みにくさ、美しさは目に見えたり感じたりし易い。 それにくらべ、自分が「誤解」していると感じたり認めることは容易なことではない。他人にそれを自覚しても らうことも同様に、ほとほと困難が伴なうものである。
 みにくきを恥じず、美しさに薯らず、誤解を恐れず、前へ前へと驀進した幾10年であったと思いたいのだが、 無数の迷い小路に入り、悲鳴のあげ続けの星霜であったと、深い反省がニジミ出るこの頃である。
 「友」があり「時」があり、巨大な「社会」があり、久遠の「宇宙」がある。真実のみが我が味方であると謙 虚に認めたとき、これらの外界は真実の姿をあらわし、まぶしく眼前が開けたように思われる。
 はかり知れない未知への未来は無限の可能性を秘めて人類のエネルギーを待っている。私たちもその一人ひと りだ。
 人生は「苦悩」という表があれば、裏は「快楽」という一枚の「紙」であり、人はこの紙を必携として神から 与えられている。ズタズタに破っても、幾度切っても、紙である以上表と裏が存在する。「表裏一体」というい われを認めなければならないのだ。
 その紙を明るい太陽にスカしてみると、見ごとな地図が浮んでくる。 路に迷っても、明日への新しい解決へ、 「道」が開けそうだ。』(全文掲載)


   月刊ウッドミックが今日まで300号として続いて来たことは確かだ。
名南も作用・反作用という考え方を掲げ創業し、30年史の巻頭言にもそれを謳った。紙一枚にも裏と表があり、 表裏一体で紙としての存在価値を生み出している。物理学者のニュートンは、地球に引っ張られて地上に落ちる りんごを観て万有引力並びに加速度aを発見し「F = ma」(ニュートンの運動方程式の第2法則。慣性の法則と呼 ばれている運動の第1法則、作用・反作用の法則と呼ばれる運動の第3法則がある)を導いたとされているが、 地球はまたりんごに引っ張られている…とも言えなくも無いのである。作用が働けばすぐに反作用が生まれる。 例えて言うなら正に対しては反、それら相対する力を三角形の底辺として図化すれば、まさに描かれた三角形の 頂点は「合」と言えよう。そして自然も人間社会もこの正・反・合の連続した絡み合いによって成っている。
 私達が日々対峙する木材と金属、そして木工機械の開発へと(株)名南製作所はこうした考えを社員一人一人が 夫々の加速度をもって取組んで来て、今日の姿があるということ。私が25年前に名南30年史で記したことがイン チキだったならば、恐らく名南という会社は既に無くなっていたかも知れない…、今を振り返ってそう思っている。
 さぁ、25年経ってウッドミックは何処へ行こうとしているのか、外から観ていると糸の切れた凧の様にもとれ る。もちろん、ウッドミック誌が300号まで続いて来たというのは何の力によるものなのか、再考するのも良し。 進む路の先が怪しくなったら、フイードバックして原点を見直すことも大事であろう。
 400年前に、物が引合う力に加速度があることを発見したニュートン、彼の言う運動法則に基づいて、人類は今 日火星まで飛んでいる。
 ウッドミック誌が木工機械の雑誌であるならもっともっと機械に興味を持たなくてはいけないだろう。木と金 属が混じりあって木工機械が産み出され、それを使うのは人間である。と、なれば「人間即ち大衆である読者は 決して馬鹿では無い」から、単なるちょうちん記事で誌面を濁していては大衆を引き付けられないのも自然の法 則だ。視点を持ち、深く掘り下げることが大切である。
 25年前、私は君らに「雑誌を創りたいのならやりなさい」と、確かに応援したが、今は君らに、「400号へ向け て頑張れ!」とエールを贈りたい。そして再度、「人間から始めろ!」と付け加えたい。正・反・合の「普遍性」 はそれこそ人間社会にも宇宙にも、般若心教の中にも息づいていることが解ろう…。
 皆が喜んで購読してくれるような雑誌づくりを実現しなさい!

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