■「鞴(ふいご)祭」開く
  古来の製鉄技法を再現、砂鉄からケラ造りを検証
 (株)名南製作所が社内行事として取組み、伝承へ

 昨年11月8日、合板製造機械メーカーの(株)名南製作所(愛知県大府市梶田町3-130、 服部行男社長、TEL 0562-47-2211)では、鍛冶の神様を祭る神事である「鞴(ふいご) 祭」(たたら祭とも言う)が行なわれ、同社中庭では古来よりのケラ押法たたら製鉄 技法を再現した炉が造られ早朝から作業が進められると共に、また敷地内に勧請安置 されている南宮神社で社業の安泰を感謝、祈念する神事も執り行われる等、今日では 極めて珍しくなった貴重な風物祭事を関係者で祝った。
 鞴祭について資料を繰ってみると、かつては鍛冶屋、鋳物師、錺師等、日頃家業で 「ふいごう」(吹皮の訛)を用いている家では、その守護神である金山彦命、迦具土 神、稲荷神を祭り、火防や家業の徳を祈ったという。
 また、当日は家業を休み、畳を敷き替えて家内を整え客を招き、神前に供物を積み、 灯明を着け、近隣に蜜柑・膳部の配り物をす
る。そして、この日の早朝には、蜜柑を まいて近隣の子供に拾わせる蜜柑まきの催しもあったが、次第に悪少年等の狼藉・喧 嘩の端となり始め、寛延(1748〜1751)の頃制禁されるようになったとも。
 要するに、鞴祭の日は、鉄(金属)に関わりのある職人や商人の祭礼日で、同業者 どうしが集まり、飲み食いしながら交流を深める日でもあったようである。
 聞けば、鞴祭のみかん撒きは江戸ではかなり盛大な行事だったようで、この祭日に 間に合うよう紀伊国屋文左衛門が、荒天続きの海に一か八かで船を出して江戸へみか んを運び大儲けしたという話は有名である。
 残念ながら、このような行事も近年はほとんどの鍛冶屋(鉄工所)が辞めてしまっ ているということだ。
 さて、この鞴祭行事のメインイベントとして(株)名南製作所では、前述したように 日本古来の「たたら製鉄法」を理解するべく、早朝5時から炉の火入れを皮切りに催事 がスタートした。
 本誌が訪問した昼前には、たたら操業は略最終段階を迎えていた。炉に火を付けて 直ぐに30kg弱の木炭を分割投入して後、大体10分間隔で1kg〜2kgの木炭を炉の上部か ら追加投入していく。送風器(昔は手作業による鞴)で炉内を煽り温度を充分に上げ てから、更に今度は木炭と砂鉄を投入する。
 砂鉄(酸化鉄)の投入量は最初0.5kg程度を数回、続いて0.8kgを数回、そして1kg、 1.2kgを数回、木炭(1.5〜2kg)と交互に砂鉄を注ぎ込む。最後は2kgの木炭投入に続 いて1.5kgの砂鉄を投入した。
 この時、たたら炉の上部投入口の温度は300℃程度だが、炉内の最も温度の高い所は 1500℃にもなっているそう。作業者は休む間もなく、熱気が立ち上る炉に向かう…。
 さて、たたら炉に火入れしてから約6時間。最後の木炭と砂鉄の投入を終え、そのま ま炉を放置する。上手く行けば、炉内で酸化・還元反応が進み、鉄と炭化鉄の混じった 鉄の元であるケラが出来ているはずである。
 高温のたたら炉内に木炭と砂鉄を交互に入れてやり鞴で送風すると、空気により木 炭の炭素が酸化され一酸化炭素が発生する。同時に炉内は更に高温となり、この熱エ ネルギーにより酸化鉄の酸素は一酸化炭素にくっ付き、炉外へ炎と共に二酸化炭素と して排出され、一方炉内下部には不純物のノロと還元されて出来たケラが生成される という理屈のようだ。
 しかし、日本刀の材料として珍重されるような玉鋼を得るには、木炭や砂鉄の投入 量はもとより、送風加減による酸化還元反応
の進み具合の調節等、実際にはなかなか 難しいノウハウが必要とされる。
 昼食を挟み、頃合、粘土でしっかり塞がれたノロ出し口が壊され、炉内の様子を窺 う。塞いだ粘土は高温によりレンガのごとく固くなってなかなかに開かない。暫しの 奮闘後、炉内からオレンジ色のドロドロとした液状物質が外へ流れ出た。これは中に 溜まった不純物、ノロだという。
 ノロの出具合を見て、「よし、これなら大丈夫だろう…」と、たたら炉は順次壊さ れ、決して形が良いとは言えない未だ赤銅色を残した「ケラ」が取出された。冷ます 為水中に投げ入れたケラで水は沸騰し、ぶくぶく煮えの状態。
 ようやく冷めたケラは約6kg。
 いやはや見物組は楽だが、操業者には大変な作業である。6kgのケラを得る為には、 前日までに炉を整備し、翌朝5時に火を入れ、付きっきりで様子を見ながら木炭と砂 鉄を交互にし続け、6時間を費やす。実験炉でさえ実際の操業は大変な手間である。使 用した岩手産木炭の量は約78.9kg、砂鉄は20.6kgであった。なるほど手作業で鞴を操 作していた昔の製鉄技能者らの苦労が垣間見えた思いがした。
 大掛かりな炉になればなる程、木炭や酸化鉄が必要となり、製鉄炉の存在する周り の木々は使われ環境破壊が進む。1000℃をはるかに超えるたたら炉を扱うには危険も 伴う。それだけに技能者らは高価な玉鋼の収穫を神に祈り感謝したのであろうか…。
 午後3時。名南製作所を鎮護する南宮神社は岐阜県垂井郡にある南宮大社から 金山 彦神(かなやまひこのかみ)の御霊を勧請鎮座奉ったものだという。金山彦の命はそ の名の通り鉱山(金山)の神様であるが、その神前に社員一堂が揃いかしこみ、神様 に供物と玉串を奉納し同社の安全と繁栄を祈願した。
 聞くところによれば、同社では毎年鞴祭を行なってはいるが、実際にたたら炉を造 って行なうのは2回目である(以前は7年前)。本誌にとっても貴重な体験であった。
 鞴祭の資料にある「みかん蒔き」こそなかったけれど、その日は言わば祝日で沢山 のご馳走も準備され、工場内では社員並びに
関係者も参加しての祝宴が催された。昔より伝わる鍛冶屋の、鍛
冶屋による、鍛冶屋の為の祝祭行事を、互いに酒を酌み交わしつ
つ日頃のコミュニケーション不足を埋めると共に、伝統の何たるか
を一端を識る1日となった。

(編集部)

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