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KES構法の(株)シェルターによる国際学生設計競技
14回目を迎え、数多の建築家の卵が巣立つ


▲最優秀賞の「地 または 家」               ▲白熱する審査の様子

 平成11年に「第1回東北学生設計競技1999」としてスタートした(株)シェルター(山形市松栄1丁目5-13、木村一義社長、TEL 023-647-5000)が主催し、毎年連綿と続けられて来た学生設計競技は今回で第14回目となる。
 すなわち「シェルター国際学生設計競技2012」(テーマ=巨樹モデル)の募集が平成24年9月28日に締め切られ、まず第1次・2次審査が10月13日にシェルター本社で開催され、これにより応募総数478作品(国内252作品・海外226作品)のうち、最終審査へ進む入選5作品(国内3作品・海外2作品)と奨励賞2作品(国内1作品・海外1作品)が選ばれた。
晴れの最終審査会は平成24年11月17日、東京都渋谷区の代官山ヒルサイドテラスで開催され、入選者五組五作品のプレゼンテーションにより5人の審査委員による綿密な公開審査を経て、最優秀作品が決定されたが、作品はもとより審査そのもののレベルの高さに、記者は門外漢ながらもシェルター学生設計競技の素晴らしさを体感でき、感動すら覚えた。
 審査講評は平田審査委員長から受賞各作品について縷々述べられたが、最後に「多分、日本で建築を学び実践している人達は、日本という国の枠内だけで活動していても余り面白くないだろう。もう少し海外の国々へ出て行って世界は広いなという感覚を磨くことも必要だ。そういう意味で、このコンペによって色々と培われると思っている。是非、世界の色んな場所へ出て行って一緒にがんばろう。今日は有難う」と、世界へ羽ばたく学生のあり方についても期待を述べて締めくくった。
 学生設計競技の主催者として木村社長が最後に「最初は東北地区の学生たちだけの設計協議であったが、UCLAの平田先生により全国的となり、11回目からは国際的にしようと提案され今日に至っている。最初はよちよち歩きだったが戸倉先生のお陰で発展し、ここまでに成った」と、また戸倉氏からは「ここから優秀な建築家の卵が選出され、社会で活躍されている方もたくさん居られる。今後、ますますコンペから優秀な学生が巣立って行く事を願い、感謝の言葉に代えたい。シェルターのスタッフにも感謝したい」と謝意が述べられた

会員企業訪問記D
一般社団法人日本木工機械工業会
木材単板化技術の世界的企業
「株式会社名南製作所」

 今や単板製造技術の世界トップメーカーとして著名な(株)名南製作所は、現・相談役の長谷川克次氏により昭和28年6月に創業された。その名南製作所も筒井幹夫社長が3代目として就任して早や丸3年が経つ。
業界団体である木工機械工業会へは会員企業として近年、同社の服部行男会長が暫くの間副理事長として敏腕を発揮されていたが、全国木工機械工業会と中部木工機械工業会が発展的統合を果たし、この程新しく「一般社団法人日本木工機械工業会」としてスタートしたのを機に、服部氏が同工業会の相談役に退いた為、名南製作所からは長谷川英生取締役が新監事として入会している。
 創業者の長谷川克次相談役と名南製作所の詳しい経緯については、平成20年6月28日から日刊木材新聞に17回に亘って連載された「木と共に生きて−長谷川克次」の紙面に譲るとして、本誌では今年60周年を迎える(株)名南製作所の今についてその概略をお伝えする。

 サンダーに始まり、コンポーザー、そしてベニヤレース製造へと展開

 名南製作所起業の地は、名古屋市南区寺部通一丁目である。国道1号線道路拡張工事に伴い、昭和49年に現在の大府市梶田町の新社屋に移転し、今日に至っている。同社の社内年表に拠れば、創業から約15年間は合板製造の最終仕上げラインに不可欠であった「サンダー」、次の15年間は合板の品質の要となる調板機「コンポーザー」、そして次の30年間は合板製造の原点である「ベニヤレース」と、合板製造工程を遡るように主力製造機種を開発してきた。
 合板表面の凹凸を平滑に仕上げるサンダーが長年名南の主力商品であった当時は*
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